

相場戦略研究所
デイ・トレーダーが極端な損失を出す理由
タイトル :デイ・トレード(1) (2002.8.29 林知之)
登録日 :2002年08月29日
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デイ・トレード。日本語にストレートに訳せば「日計り(ひばかり)商い」である。
しかし日計りというと、もともとは「相場に動きがあるとき、動きのある銘柄を狙って売買し、うまくタイミングが合った結果その日のうちに利食い手仕舞いできた」という結果論的なニュアンスがあるように思う。
また、「日計り狙い」というと、「落ち着きのない、危なっかしい狙いをする売買」というイメージが強い。いずれも、固定手数料でデリバティブなどがない時代の感覚なのかもしれないが、やはり整然とした理論で“日計り、あるいは数日以内の超短期を狙った売買”は、外来語のデイ・トレードがしっくりとくる。
戦後の高度成長とともに「持っていれば上がる」という株神話がつくられた。
バブル崩壊以後は「株の下げは政府が悪い」という集団的な意識が蔓延した。そして、市場経済の最先端をゆくアメリカから売買技術に関する多くの書籍が翻訳本として日本に入り、時間の経過とともに、「どのように個人的なテクニックを持てば儲かるか」という技術論に注目する投資家、統計的に相場の上げ下げを分析する投資家がおどろくほど多くなったと感じている。
デイ・トレードはまったく自由である株式市場の選択肢のひとつであり、独立した売買手法である。ネット証券の出現によって格安手数料・リアルタイムな情報サービスが身近になり、個人投資家も参加することのできる分野となった。
革命的な出来事と言っていいだろう。しかし、多くのデイ・トレーダーがびっくりするほど短期間に資金のほとんどを失い、市場から退場している事実が指摘されている。最終気にプラスの成績を残す人が少ないのは市場全体の共通点であるが、デイ・トレードだけ極端に悪いのである。
デイ・トレーダーが極端な損失を出す理由は2つ考えられる。
ひとつは「テレビゲーム感覚になって価値観を喪失してしまう」心理である。
もうひとつは、売買の狙いを絞りきれないことだろう。
毎日、5%や10%の変動をみせる銘柄はいくらでもある。その中のたった1銘柄を数日に1度当てるくらい簡単なことだと思えてしまう。実際にやってみて難易度を体験しても、「どうにかならないものか」、「どうにかなるのではないか」という考えが頭から消えない。
現実を無視した単なる物理的可能性を追い続け、泥沼にはまっていくパターンが多いようである。
(2002.8.29 林知之)
デイ・トレード(2)
個人的に、デイ・トレードに類するような、あまりに短期の売買はおすすめしない。
前述(『デイ・トレード(1)』)のように、常識人が考えられないような失敗をするケースが多いからである。
しかし、ひとつの手法・流儀として否定できるものではないし、一般的な個人投資家でも“性に合っている”人もいるはずである。
心配なのは、時間的に目まぐるしい点である。
落ち着いて狙いを絞って上手に売買していても、感覚的な狂いに気がつかず、ひと呼吸必要な状況で突進するように売買し続けることもあるだろう。
また、器用にこなしていても、長期間それを継続していくことがむずかしいように思う。
昔から証券会社などのディーラーは、デイ・トレード主体の超短期売買を行っている。
以前、あるディーラーを含めて大人数で飲みに行ったとき、彼が隅の席でときどき奇声をあげるので困ってしまった。よほどストレスが溜まっていたのであろう。
最近の話だが、ある証券会社のディーラーが、「いまの会社に移って1年になりますが、いちばんの古株になってしまいました」と言う。
自由化後、証券会社そのものが収益構造について試行錯誤をしている状況で、ディーラー部門の人の入れ替わりも激しいとはいえ、けっこう極端な世界である。
職業ディーラーは大きな資金を動かさなければならないから、たいへん苦しい立場にある。
反対に、我々個人投資家にはその類の制約がない。
つまらない落とし穴にはまらないよう、無理に毎日ドラマをつくろうとせず落ち着いて狙いを絞り、「取ったり取られたり」の中で少しずつ利益が損失を上回るような結果を求め、目まぐるしい動きに溺れないようにしてほしい。
(2002.9.6 林知之)
